
明宵の祠(みょうしょうのほこら)
展出作品概述
並行生物「アケムツ」と「クレムツ」を御神体とした祠(明宵の祠)を会場の森に建立したいと思っています。
その昔、山の仕事に従事する人たちは必ず山の神を拝んでから仕事にかかったと言われています。
様々な恵みを与えてくれる一方で、大きな苦難をもたらすこともある自然。
祠の存在が自然に対する礼讃と畏敬の念を再認識する機会になればと思っています。
以下、メモやアイデアテキスト
◯関係を「形」にする
山や森への感謝や畏れは、心の中に留めている限り曖昧なまま。
祠という具体的な物体を建てることで、その気持ちに輪郭が生まれる。
形のあるものに向かって手を合わせることで、抽象的な感情を継続的な行為に変換できる。
◯畏敬の念を日常に組み込む
一度きりの感動ではなく、通りかかるたびに立ち止まり、頭を下げる。
その反復が、自然を「利用する対象」ではなく「敬うべき相手」として捉えなおすきっかけになる。
祠はいわば、その姿勢を忘れないための装置とも言える。
◯境界を示すこと
注連縄や鳥居は、そこが人間の都合だけで扱ってよい場所ではないという印。
山や森を切り拓き、資源として使う一方で、「ここから先、あるいはこの場所には別の理屈がある」と示すことは、開発や採取に対する自制の象徴にもなる。
※注連縄や鳥居の製作はまだ検討中
◯次の世代へ
祠は物理的に残る。
誰かの感謝の気持ちが、その人がいなくなった後も、その場所を訪れる人に「ここには何かを敬う理由があった」と伝え続ける。
個人の内面的な体験を、共同体や時間を超えて共有可能なものに変える機能がある。
◯人間の側の謙虚さの表明
山や森は人間の力の及ばない大きさや力を持っている。
祠を建てるという行為自体が、「すべてを制御できるわけではない」という認識の表明でもある。
※祠の設え方(開放的にするか、結界を強く示すか等)は試行錯誤中。
◯アケムツとクレムツ
太古の時代よりその存在が口伝でのみ語り継がれてきた謎の多き生物。
伝承によるとアケムツは"明け六つ"、クレムツは"暮れ六つ"という江戸時代に使われていた古い時刻の呼び方からきている。明け六つは日の出の約30分前を指し、暮れ六つは日の入りの約30分後を指す。
アケムツとクレムツが祀られた社や祠は全国に点在していて、アケムツは、山が「見え始める」瞬間への感謝。夜の闇から輪郭が浮かび上がる時。
クレムツは、山が「見えなくなる」瞬間への畏れ。昼の理屈が通用しなくなる境目。
どちらも「あわい」(境界の時)であり、古来、神仏や精霊が最も近くなると考えられてきた時刻でもある。
神社によってはこの2つの時刻に鐘を6回鳴らし拝むという参拝方法が今も残っている。
※祠の設計への反映
この2時刻を軸に考えるなら、祠の向きも重要。東向きなら明け六つの光が正面から差し込み、西向きなら暮れ六つの残照が映える。
両方を活かしたいなら、東西を貫く軸線上に祠を据えるという手もある。
双子祠?
艺术家信息

九十九製作所 髙橋将人
